Masukネットは正直だ。
攻略掲示板を開いた瞬間、スレッドが目に飛び込んできた。 『チュートリアルで星5引いて即死したプレイヤーwww』 レス数、847。 俺はスクロールした。晒し画像、コラ画像、煽りコメント。ワールドチャットのログが貼り付けられていた。「チュートリアルで星5引くなんて奇跡!」という俺の書き込みと、その直後の沈黙。そして包囲。 胃の底が冷えた。同時に、何かに火がついた。別のスレッドも立っていた。
『呂布を手にしたトウタクとかいうプレイヤー、もう勢力ランク9位まで上げてる件』 呂布を奪ったプレイヤーがトウタクと改名し、勢力を広げていた。初日でランクTOP10。呂布の戦闘力をそのまま蹂躙に使っているのだろう。俺はパソコンを閉じた。
VRゴーグルを手に取った。 やることは決まっていた。◆
新アカウント名、リョウ。
前と同じ名前だ。隠すつもりはない。どうせバレる。それより今は目立たないことが先だ。 このゲームの仕様で最も重要なことを、俺は一話で学んでいた。 ワールドチャットで発言した瞬間、座標が割れる。 前回の失敗はそこだった。呂布を引いた興奮で書き込んだ。それだけで包囲された。今回はワールドチャットを封印する。情報収集はROMのみ。発言はしない。存在を消す。 VRゴーグルを被ると、見慣れた俯瞰視点が広がった。 柵に囲まれた狭い土地。小さな屋敷。レベル1の拠点だ。 今度はチュートリアルをきちんとこなす。◆
ガイドに従い、11連ガチャを引いた。
扉が順番に開いていく。★1。★1。★2。★1。★2。★1。★1。★2。
「まあ、こんなものだ」 このゲームでは普通だ。前回と同じだ。前回と違うのは、俺が焦っていないことだ。ラスト3体。
銀の扉。★3だ。 レイナ。西洋風の軽鎧を纏った女剣士だった。赤みがかった茶髪が短く切りそろえられ、首元が覗いている。整った顔立ちに感情がそのまま出る表情。胸は大きめで腰は細く、動きやすさを重視した鎧越しでもそのラインが分かった。野性的で親しみやすい美しさがある。「悪くない」
ラスト2体。
扉が開く。★1。 最後の1体。 扉の色が変わった。金だ。
「……っ」 胸が跳ねた。だが今回は声に出さなかった。ワールドチャットにも書かない。ただ静かに画面を見つめた。 扉がゆっくりと開く。★4。
秦良玉。明末の女将軍。夫の死後も明に忠義を尽くし、戦い続けた実在の人物だ。歴史好きの俺には馴染みのある名前だった。
テロップは流れなかった。★4はワールドに通知されない仕様だ。 俺は静かにガチャ画面を閉じた。◆
拠点の広場に、召喚されたキャラたちが現れた。 ★1と★2の八体は、呆然と周囲を見回していた。混乱した表情。言葉も通じていない者が数人いた。 レイナは剣の柄に手をかけ、警戒した目で俺の視点カメラを睨み上げた。「……ここはどこだ。何者だ、お前は」
「プレイヤーだ。俺がお前たちを召喚した」 「召喚? 意味が分からん。さっさと説明しろ」 直情的だ。感情が顔に出る。 広場の端に、一人だけ離れて立っている女がいた。秦良玉だった。
息を呑んだ。30代前半に見える。長身で、白を基調とした鎧が細身の体に沿っている。鎧越しでも分かる女性的な曲線と、武人特有の均整のとれた筋肉が両立していた。艶やかな黒髪を高く束ね、簪で留めている。一筋だけ頬に垂れていた。切れ長の目、高い鼻筋、薄い唇。白く滑らかな肌は、長年戦場にいたとは思えないほどだった。
笑っていない。表情がほとんどない。だがそれが逆に、見る者を正させるような美しさだった。
その目が、俺の視点カメラをとらえた。「貴様が、私をここに呼んだのか」
声は低く、静かだった。怒りではなく、確認だった。 「そうだ」 「理由を聞かせろ」 「ゲームのシステムだ。ガチャで引いた」 秦良玉は少し沈黙した。 「ゲーム」 その言葉を咀嚼するように繰り返した。 「私は戦場で戦っていた。気がつけばここにいる。それがゲームとやらの仕業か」 「そうだ」 「……」秦良玉はそれ以上何も言わなかった。視線を外し、拠点の柵の向こうに広がる荒野を眺めた。その横顔に、怒りでも悲しみでもない、何か重いものが浮かんでいた。
俺は余計なことを言わなかった。◆
チュートリアルを進めると、食糧管理の説明が出た。
キャラを維持するには食糧が必要だという。不足すれば士気が下がり、能力が落ちる。最悪の場合、キャラが離脱する。食糧はゲーム内ショップで銅貨を使って買うか、ダンジョンで直接狩猟して手に入れる。「飯まで必要か。箱庭ゲームらしくなってきた」
武器や拠点の資材もショップで揃えられる。銅貨がゲームの基本通貨だ。稼ぐにはダンジョンに潜るのが手っ取り早い。◆
★1と★2の訓練を始めた。
特技はすぐには分からない。訓練を積み重ね、ある程度育ててみないと開花しない。だからむやみに素材には出来ない。面倒だが、一体ずつ丁寧に見ていくしかなかった。「地道にやるしかないな」
ガチ勢の基本だ。効率を焦って大事なものを見落とすより、確認してから判断する。◆
初級ダンジョンが解放された。
11体全員を編成し、送り込んだ。 秦良玉がすぐに動いた。無言で雑兵たちに目配せし、陣形を組もうとした。だが★1・2の雑兵たちは言うことを聞かなかった。言葉が通じない者もいる。そもそも見知らぬ女の指示に従う理由がない。
レイナは陣形など無視して単独で前に飛び出した。
「レイナ、待て」 秦良玉の声は静かだったが、有無を言わせない響きがあった。 「うるさい。私の戦い方に口を出すな」 レイナは振り返りもせず叫んだ。秦良玉は何も言わなかった。ただ素早く動き、レイナの死角に回り込んだ。レイナが気づかずに突っ込んだ先に、モンスターが三体いた。秦良玉の白杆槍が素早く薙ぎ払い、一体も近づかせなかった。
レイナは一瞬だけ振り返った。何も言わなかった。
秦良玉も何も言わなかった。 ダンジョンを三周した。銅貨が積み上がった。ショップで食糧と拠点資材を買い込んだ。拠点レベルが上がり、次のダンジョンへの道が開いた。◆
ワールドチャットをROMしながら、情報を集めた。
トウタクの名前が何度も流れていた。 『トウタク勢力、ランク8位の同盟を吸収』 『呂布の単騎突破で三つの拠点が陥落』 着実に広がっている。同盟の勧誘メッセージも届いていた。今は断った。目立ちたくない。
秦良玉が拠点の広場で空を見上げていた。
その横顔を、俺はしばらく眺めた。 明の女将軍が、理由も分からぬまま見知らぬ世界に放り込まれ、見知らぬプレイヤーの拠点に立っている。あれはAIだ。俺はそう思った。
そう思うことにした。貂蝉が立ち直るまでに、数日かかった。 最初の二日、貂蝉は屋敷から出てこなかった。アニスが食事を運ぶ時だけ、扉が開いた。三日目、貂蝉は自分から食堂に出てきた。アニスや他の女たちと言葉を交わし、少しだけ笑った。震えはもう止まっていた。 四日目の夜、貂蝉は俺の部屋に来た。「リョウ様、お話があります」 貂蝉は寝台ではなく、向かいの椅子に座った。背筋が伸びていた。あの夜の儚さは、もうなかった。「町で、店を持たせてください」「店」「妓楼です」 俺は少し間を置いた。「なぜだ」「女たちを集めて、運営します。私のような、傷ついた女たちを」 貂蝉は俺を真っ直ぐに見た。「他のプレイヤーから捨てられた★1や★2のキャラ。トウタクやリチャード一世の元配下で行き場を失った女たち。町の在野キャラ。集められるだけ集めて、店で働かせます」「働かせる、ということは」「客を取らせます」 貂蝉の声に揺らぎはなかった。「ただし、強要はしません。本人の意志で選ばせる。料理の仕事、掃除の仕事、客との対話だけの仕事もある。客を取るかどうかは、それぞれが決める」「お前自身は」「私も、たまに客を取ります。それが私の経験を活かす道です」 俺は少し考えた。「資金は」「最初は出していただきたい。ですが、軌道に乗れば返済します。さらに、利益の一部はリョウ様にお納めします」 貂蝉は懐から紙を出した。事業計画書だった。「物件は町の中心の北寄り、空き家を一軒。改装はリズさんに頼みたい。料理はアニスさんに監修をお願いしたい。仕入れはガジンさんを通して」 俺は目を細めた。「もう動いているのか」「相談はしました。皆さん、協力してくださると」「秦良玉は知っているのか」 貂蝉が少し目を伏せた。「……いえ。リョウ様の許可をいただいてから、ご報告するつもりでした」 翌日、俺は秦良玉に話を通した。 秦良玉は黙って聞いていた。話
トウタク軍は呂布を失った瞬間から崩れ始めた。 指揮系統が機能しなくなった軍は脆い。連合軍の総攻撃を半日と持たず、前線は押し込まれ、中軍は逃げ、後方は混乱した。 トウタク本人は敗走した。拠点まで追い詰められ、そこもまた連合軍の兵がなだれ込んで陥落した。食糧、武器、資材、金貨。およそ価値のあるものは全て奪われ、建物は焼かれた。トウタク配下の★3たちは抵抗する間もなく次々と捕縛された。 トウタク自身は辛うじて逃げたという。後日、掲示板には「違うエリアに飛ばされた」との書き込みが流れた。連合軍の目の届かない場所でやり直すつもりだろうが、呂布を失った男にもう二度と以前のような勢いはないはずだった。 戦が、終わった。 連合軍の本陣に、縄で縛られた呂布が運ばれてきた。四人の★5が見張りについていた。暴れる余力は、さすがにもう残っていなかった。それでも目だけは相変わらず鋭く、近寄る兵たちを黙らせるだけの迫力を放っていた。 「処遇を決める」 ザルマンが言った。 連合軍の主要プレイヤーが天幕に集まった。俺も呼ばれた。議題は一つだった。「呂布をどうするか」 意見は三つに分かれた。 「登用しよう」 一人のプレイヤーが口火を切った。中堅どころの★5持ちだった。「★5の呂布だ。連合軍に取り込めば最強の戦力になる。失うのはもったいない」 それに対して、別のプレイヤーが首を振った。「無理だ。呂布は史実でも誰にも忠誠を尽くさなかった男だ。丁原を殺し、董卓を殺し、最後は曹操にも仕えようとして処刑された」「だがゲーム内では所有関係が成立する」「成立しても裏切られる。呂布が主人を殺す可能性は、他のどの★5より高い」 半兵衛が静かに口を開いた。「処刑を推します」 全員の視線が半兵衛に集まった。「呂布を生かす限り、誰かが必ず奪いに来ます。連合軍の内部で所有権争いが起きる可能性もある。あるいは呂布自身が脱走を試みる。その度に警戒と
連合軍の本陣に戻った。 奪った補給物資の荷馬車を引いて行くと、兵たちが目を丸くした。食糧、武器、資材、金貨。一部隊の補給を賄うだけの量があった。 ザルマンが出てきた。荷馬車を見て、目を見開いた。「……これは」「補給路を潰した。主力はこれからしばらく困る」「よくやった」 ザルマンが俺の肩を叩いた。「物資は連合軍全体で分ける。取り分を決めていい」「俺は★3をもらう。捕縛した十二人だ。それ以外はいらない」 ザルマンが少し驚いた顔をした。「それだけでいいのか」「俺には素材が必要だ」 ザルマンはしばらく俺を見ていた。それから頷いた。「分かった。その条件で」 兵たちが物資を運び出していく間、俺は半兵衛と秦良玉を連れて、ザルマンの天幕に入った。 貂蝉を連れていた。秦良玉の上着を羽織ったままだった。 ザルマンが貂蝉を見た。息を呑んだ。何も言えなくなった。「★5の貂蝉だ」 俺が言った。「……貂蝉」 ザルマンが掠れた声で繰り返した。「あの、董卓と呂布を裂いた?」「そうだ」 ザルマンの目が変わった。「これは……使えるぞ」「同じことを考えている」 俺は頷いた。「貂蝉で呂布を崩す。王允の策を、今度は連合軍の側が使う」「正気か」「正気だ」 半兵衛が横から口を開いた。「呂布は忠義でトウタクの下にいるわけではありません。所有関係があるだけです。貂蝉が介入すれば、呂布はトウタクのために戦わなくなる可能性があります」 ザルマンは少し考えた。「……やれるのか」「やるしかない」 貂蝉は何も言わなかった。
李傕が俺たちを見て、股間を軽くさすった。「ほう……また上玉が揃ってるじゃねえか」 郭汜も同じ仕草をした。舐め回すように秦良玉、レイナ、孫尚香を見た。「後で楽しませてもらおうか」 秦良玉の顔に、嫌悪が浮かんだ。槍を構え直した。「口を閉じろ」 声が低かった。 李傕が俺たちに向かってきた。秦良玉が受けた。白杆槍と剣がぶつかった。火花が散った。李傕の一撃が重かった。秦良玉の足が一歩、下がった。「……っ」 秦良玉が槍を構え直した。正面から押し合う戦いになった。李傕は笑っていた。 郭汜の方にはレイナが向かった。剣を抜いて、真っ直ぐに走った。「俺の相手はお前か」 郭汜が笑った。剣を構えた。 レイナは返事をしなかった。足音も乱さず、間合いに飛び込んだ。一撃。弾かれた。もう一撃。また弾かれた。 レイナの顔が歪んだ。痛みではなかった。【痛覚変換】が発動しない距離だ。まだ攻撃を受けていない。 郭汜の剣が速かった。 孫尚香が弓を引いていた。「どちらを狙う」 孫尚香が俺に確認を取った。 俺は半兵衛を見た。半兵衛は戦いに加わらず、両手を後ろで組んで立っていた。李傕と郭汜の動きを、交互に目で追っていた。「……李傕」 半兵衛が静かに言った。「李傕の方が先に崩せます。右足への踏み込みが大きい。前に出る瞬間に右膝の内側ががら空きになります」「孫尚香、聞いたか」「はい」「秦良玉、一度下がれ」 秦良玉が引いた。李傕が追った。 前に出た瞬間、李傕の右膝の内側が露出した。 孫尚香の矢が、その一点を貫いた。「ぐっ……!」 李傕が片膝をついた。そこへ秦良玉の白杆槍が伸びた。
北側の森。 シンの班が動いていた。 ジャンヌ・ダルクが先頭を走っていた。巴御前がその後ろに続いた。 補給部隊が見えた。 ★1と★2の雑兵が、三十人ほど。荷馬車を守るように隊列を組んでいた。その中心に、二人の男が並んでいた。★4の表示が出ていた。 李傕と郭汜。 ジャンヌが剣を抜いた。 躊躇なく補給隊に斬り込んだ。★1の一人を真っ二つにした。返り血が飛んだ。 ジャンヌの白い鎧に、赤い染みが広がった。 その瞬間、ジャンヌの目が変わった。 頬が上気した。唇が僅かに開いた。「……ああ」 うっとりした声が漏れた。 鎧の胸当てを外した。肩当てを投げ捨てた。 薄い衣一枚になったジャンヌは、剣を振るいながら笑い始めた。「……熱い……もっと……」 シンが駆け寄った。「ジャンヌ、落ち着け!」 聞いていなかった。 ジャンヌは補給隊の★2に突っ込んだ。剣を振るい、また返り血を浴びた。「あぁ……」 陶酔した顔だった。 シンは頭を抱えた。「巴御前、頼む。ジャンヌを——」 振り返って、シンは動きを止めた。 巴御前も、変わっていた。 薙刀を構えていた。黒髪を振り乱していた。 敵を斬り伏せるたびに、返り血を浴びた。 巴御前の目も、変わり始めていた。「……っ」 巴御前が自分の胸に手を当てた。「熱い……」 甲冑の胸当てを外した。 シンが声を失った。「巴御前、お前まで……」 巴御前は答えなかった。 薙刀を振るい、また敵を斬った。返り血を浴びた。 笑みが浮かんだ。「……気
シンの塔10階挑戦は、俺の★4の回復を待ってから動いた。 秦良玉、レイナ、孫尚香、ダルダニヤン。四人を派遣した。 シン自身の戦力もあった。だが主力はこちらの四人だった。 ジャンヌ・ダルクは相変わらずだった。10階の守護者を相手にした瞬間、返り血を浴びて目が変わった。鎧を脱ぎ、半狂乱のまま剣を振るった。 第一形態の石の巨体に、怯えず突っ込んだ。剣を振るうたびに笑った。 第二形態の黒い霧にも同じだった。斬られても怯まなかった。むしろ嬉しそうに前に出た。 レイナが壁際で、小声で孫尚香に言った。「……ああいう戦い方もあるんだな」「戦い方、と言っていいのかどうか」 孫尚香が冷めた目で答えた。 秦良玉は何も言わなかった。 勢いで押し切った。弱点を狙う余裕はなかった。ジャンヌが前でかき回している間に、秦良玉とダルダニヤンが削り続けた。最後の一撃はジャンヌの剣だった。【塔10階 制覇】 シンがクリア報酬を手に入れた。◆ ゴールドを払ってキャラを返してもらった。拠点に戻した。 シンが通信を入れてきた。「ありがとうございました。借りを返します」「気にするな。次は一緒に動く」「はい」 シンと二人で、★4以上確定ガチャ券を使った。 同時に引いた。 結果を共有した。「巴御前です」 シンが言った。 源平時代の女武者。薙刀を持ち、騎馬戦を得意とする。強さの説得力がある。「悪くない」「リョウさんは」「……竹中半兵衛」 一瞬、通信が止まった。「……戦国の」「そうだ」「参謀ですね」「そうだ」◆ 広場で竹中半兵衛を初めて召喚した。 VRダイブのまま







